不妊治療を続けていると、SNSなどで「不妊様」「無産様」というショッキングなスラングを目にすることがあります。
周囲の妊娠・出産報告を素直に喜べず、SNSをブロックしたり、子連れの友人との付き合いを避けたりする態度を皮肉ったネットスラングです。
時には、配慮のない言葉に過剰に反応して攻撃的になってしまう態度を指すこともあります。
自分自身が治療に励む中で、「もしかして今の自分も『不妊様』になってる?」と不安になったり。
妊婦さんや子連れの方に対して嫉妬や黒い感情を抱いてしまったり。
そんな自分に罪悪感を覚えたり。
治療をしていると、そういった経験は大なり小なりあるのではないでしょうか。
見知らぬ親子に「都合の良い妄想」をしてしまう自分
私の場合は、道行く親子連れや赤ちゃんを抱いたお母さんを見て「いいなぁ……」と羨むことがよくありました。
特に20代からアラサーくらいの若いお母さんを見かけると、その傾向は顕著でした。
「きっと順調に結婚して、そのままスムーズに出産できたんだろうな」
「不妊治療なんて知らずに、お金も身体的な負担もかけずにお子さんを授かれたんだろうな」
そんなことを考えてしまったのです。
これは単なる嫉妬というより、今の自分には絶対に手に入らない「若い頃の、妊娠しやすい自分」に対する羨望の気持ちだったのだと思います。
もちろん、これは私の独りよがりな思い込みに過ぎません。
現在日本では、夫婦の約4.4組に1組(約22.7%)が不妊の検査や治療を経験していると言われています。
若いお母さんだからといって、何の苦労もなく子どもを授かれたという保証などどこにもありません。
それでも、背景を何も知らない他人だからこそ、自分にとって都合の良い妄想を作り上げて羨んでしまっていたのだと思います。
友人の妊娠は喜べても「悪気のない一言」が刺さるとき
ネットで語られる「不妊様」のエピソードでは、「友達や同僚の妊娠報告を素直に喜べない」という悩みをよく見かけます。
しかし私の場合、友人に対してそうした黒い感情を抱くことはあまりありませんでした。
道行く見知らぬ親子とは違い、友人たちが歩んできた人生やバックグラウンドを知っているからです。これまでの苦労や出来事を知っているからこそ、「おめでたい」という祝福の気持ちが、自分の嫉妬心を上回ってくれたのだと思います。
しかし、だからといってどんなときでも前向きでいられるわけではありませんでした。
私にとって何より辛かったのは、「子どもを産んだら〇〇しなよ」「早めに産んでおきなよ」といった言葉をかけられたときです。
「子どもを持つのが当たり前」という前提で発せられる言葉は、鋭く心に刺さりました。
悪気のない言葉だと分かっていても、自分と相手の「前提」の違いが生み出すギャップに、心がすり減っていくのを感じざるを得ませんでした。
なぜ不妊治療中は心に「余裕」がなくなってしまうのか
不妊治療は、心身ともに想像以上の負担を強いる体験です。
度重なる通院、毎日の注射や投薬、高額な治療費、そして何より「努力が必ずしも結果に結実しない」という出口の見えない不安。
これらが長期間続くのでは、人のメンタルが極限まで削られるのは当然のことです。
心理学的に、激しいストレスや自己否定感に晒されている状態では、他人の幸せを受け入れる心のスペース(認知的な余裕)が失われるのは極めて自然な反応だそうです。
妊娠報告を聞いたときに感じるショックは、単なる「わがまま」や「意地悪」ではなく、心の防衛本能の働きと言えます。
「不妊様」という言葉に傷つきすぎないために
極限まで頑張っているからこそ、心に余裕がなくなったり、周りを素直に喜べなくなったりするのは仕方のないことです。
かと言って、「自分は辛いのだから配慮されて当たり前」と周囲に不機嫌な態度を見せたり、過剰な気遣いを要求したりするのも違います。
不妊治療に限らず、病気や介護など、人には言えない深い悩みや辛さを抱えている人は世の中にたくさんいます。
自分の中にある嫉妬や悲しさを無理に否定せず、「今は余裕がないんだな」と認めてあげること。
そして時には信頼できる場所で気持ちを吐き出しながら、周囲とは適度な距離を保って付き合っていくこと。
自分の心を守る防波堤を作りつつ、大人としての適切な距離感を保つことこそが、長期間にわたる不妊治療の道を乗り越えていくための大切な鍵になると信じています。
もういい大人である30代後半の私たちならばできるはずです。
→周囲への不妊治療の伝え方については「不妊治療は周囲にいつ伝える?」へ


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